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内部留保とは?わかりやすく説明→大企業の内部留保課税は、やるべき

ビジネス知識

年々増える「内部留保」

大企業の「内部留保」が年々増えており、現時点で判明している2019年度末の内部留保額は「過去最高になった」とのこと。

内部留保というのは、ざっくりといえば、要は、「企業が残した利益の積み上げ額」であるが、経理財務などの現場では使われない言葉で、現場では「利益剰余金」などと言う。

2016年以降の推移は以下の通り。

2016年度末・・・406兆円

2017年度末・・・446兆円

2018年度末・・・463兆円

2019年度末・・・475兆円

※2020年度分は現時点にて不明

一方、間違いやすいのは、その生み出した利益の積み上げから、商品を仕入れたり、固定資産を買ったり、一部が売掛金になっていたりしているので「内部留保=現預金では無い」という点だ。

475兆円の「現金」が大企業に眠っている訳ではないのだ。

この辺りは「貸借対照表」をある程度読めないと理解できない。宜しければ参考にしてください。

「留保金課税」自体は存在する。

現行においても、内部留保に課税する仕組みがまったくない訳ではない。

留保金課税という仕組みでは、まさに内部留保に課税する仕組みだが、

・資本金1億円以上

・特定同族会社(オーナーやその家族グループで会社の発行済み株式を50%超保有)

という条件により、資本金で1億円も無い中小企業の数が圧倒的なので、ほとんど骨抜きな課税制度となっている。

さらに、資本金1億円以上になると「外形標準課税」という形で大企業は中小企業よりもより税金は取られている。

一向に上がらない給料

それにしても、だ。

結果的に内部留保は膨れ上がっている。

そして会社がどんどん儲かり、積み上がる内部留保の伸びに比べ、人々のふところはまったく儲かっていない。

温かくなっていない。

昭和の高度成長期、バブル期当時は今ほどコンピュータも発達しておらず、作業はほとんど手作業。

メールもほぼなく電話。

今は、コンピュータの発達のおかげで、昔に比べれば数段効率性も上がっているはずだ。

それなのに、どうして給料が上がらないのか。

少々昇給したところで、社会保険料も年々上がってゆき、日常使う金額の「誤差の範囲」にとどまり「給料上がったなぁ。楽になったなぁ」という実感が持てずにいる。

実際に、物価も上がり、食料品やガソリンなどもどんどん上昇している。

団塊世代である父親と話をすると、父が働き盛りであったころは「月10万くらい給料が上がった年もあった」とのこと。

このくらい昇給すると、給料が上がった実感も伴うものだ。

なぜ給料を上げないのか

なぜ会社ばかり、バブル期よりも儲かっているにも関わらず、人々のふところは温かくならないのか。

なぜ大胆に昇給させないのか。

大企業の論理も分かる。

JAL、パナソニック、シャープ、東芝、神戸製鋼。

名だたる大企業も、一回ネガティブなイメージが付くと、とたんに業績が急降下し、何千億という赤字になる。

赤字になれば内部留保が一瞬にして食い尽くされるから、少しでも利益をためておこうとするのも納得である。

まして、コロナにより、特にJALなどは大幅な業績低下に陥ってしまった。

しかし、今よりも経済規模の低かった30~40年前より、今の方が圧倒的に「生活の苦しさ感」を多くの人が感じるのは、やはり「お金が使われずに貯めこまれ、循環しないから」である。

新しい「社会+資本主義」を

2020年に支給された特別定額給付金の予算は約12兆円。

ざっくり言えば、内部留保の475兆円というのは、実にこの40倍もの金額であり、それだけの利益が溜め込まれていることとなる。

再度述べるが「内部留保=現預金」では無いにせよ、そして、すべての内部留保を国民に還元するのはさすがに現実的ではないにせよ、「人々にお金を還元し、経済をより循環させられる余地は大いにある」と言えるのではないか。

よって、やはり内部留保課税を行って、そこで得られた原資でもって「給付を行う」もしくは「所得税の減税を行う」、ということをして欲しいものだ。

社会主義的な考えでもあるが、これからの時代、いや現実においてすでに、明らかに「一握りの大金持ちと、その他大勢の下流庶民」に二極化し、格差は拡大していく。

それであれば、「資本主義か社会主義か」の2択ではなく、自由な経済活動を認める一方で、社会主義的な「所得の再分配」を政府は積極的に担い、行うべきだと思う。

お金儲けが得意でない人も、好きな所で勉強でき、好きなものが好きな時に、ある程度食べられ、旅行をし、好きな人と結婚をし、子供を3人くらいは希望すれば無理なく育てらえるような社会になれば、と切に願う。

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